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2017年05月| 2017年06月 |- ブログトップ

メッセージ [外国映画]

 SF映画なのだが、とても印象的な作品で、観終わった後心に残る映画だと思う。エイミー・アダムスがルイーズという言語学者として宇宙人とのやりとりに奔走する。


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 言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は湖畔の家に独りで住み、今はいない娘ハンナとの何気ない日常を時おり思い出す。ある日、地球各地に大きな宇宙船のような物体が出現する。


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 ルイーズは、宇宙船から発せられる音や波動から彼らの言語を解明し、何らかの手段でこちらのメッセージを彼らに伝えるよう、国家から協力を要請される。スタッフのなかには、物理学の見地から取り組むよう招集されたイアン(ジェレミー・レナー)もいた。ウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)に急かされながら、スタッフは少しずつ相手との距離を縮めていく。ルイーズは忙しくなるほど、ハンナの思い出が色濃く蘇る。


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 しびれを切らした中国は核攻撃をしようとしていた。ルイーズは自分を指して「人類」というところからコミュニケートの端緒を掴む。彼らにはタコの足に似たものがあったため、彼らをヘプタポッドと呼ぶようにした。彼らはその先端から図形を吐き出す。刻々と変化する図形の規則性を見出すと、それらをコンピュータに打ち込んで会話ができるようになる。ルイーズとイアンはそれらの2体の宇宙人を、アボットとコステロと名付ける。


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 政府や軍はヘプタポッドが地球を攻めようとしているのではと相変わらず疑っていたが、そんなとき、ヘプタポッドの時間の概念は自分たちと大きく違っていることに気付く。彼らはアインシュタインの相対性理論の進化形の如く、驚くべき真実をルイーズたちに伝える。それは、3000年後の地球も現在と同じ座標軸にあるというものだった。


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 ルイーズは彼らの言語を研究し理解するにつれ、自分の人生における経年も今までの時間軸の概念を超越したものになることを知る。ルイーズは彼らからの影響に混乱するが、過去が未来にやってくることが分かっても、愛することをやめないと確信する。ついに最終決断を下した中国の行動を止めるため、ルイーズはイアンを使って思い切った賭けに出る。彼女の行動は、地球を、そして彼女自身を救うことができるのか?

 ストーリーがわかっても、理解できないところが多いと思うが、これは他生物への愛、親子の愛、そして夫婦の愛の物語である。前半はエイリアンが何者かわからないので、観客も不安感に包まれる。そして軍隊の出動の中、緊急事態の慌ただしく少し怖い感じが迫ってくる。しかし後半はアッという展開になり、面白い場面が次々に表れ感動に包まれる。異色のSFだが、とても質のいい作品だと思った。

原題:ARRIVAL  監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ  出演:エイミー・アダムス、
ジェレミー・レナー、 フォレスト・ウィテカー、 、マイケル・スタールバーグ
2016年 アメリカ
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miniなできごと17「スラヴ叙事詩」 [日記・雑感]

 4月末に国立新美術館の「ミュシャ展」へ行って来ました。全く何のインフォメーションもなしに行ってきたんですが、すばらしい展覧会でした。とにかく絵の大きさにびっくりしました。(*_*;
6m×8mとか、4m×5mなどというサイズの巨大な油絵が20枚もあったんですよ。こんなにすごい美術展はそうそう見たことがないと感動しました。


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 原故郷のスラブ民族


 1911年、ムハ(ミュシャ)はプラハ近郊のズビロフ城にアトリエを借り、晩年の約16年間を捧げた壮大なプロジェクト《スラヴ叙事詩》に取り組みます。故郷を愛し、人道主義者でもあった彼は、自由と独立を求める闘いを続ける中で、スラヴ諸国の国民をひとつにするため、チェコとスラヴ民族の歴史から主題を得た壮大な絵画の連作を創作したのです。


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 クロムニェジシーシュのヤン・三リーチ


 当初、《スラヴ叙事詩》は、本作を美術館に常設展示することを条件にプラハ市に寄贈することになっていました。 チェコスロヴァキア独立10周年にあたる1928年には、19点がプラハのヴェレトゥルジュニー宮殿で公開されました。


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 ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師


 未来の世代のためにという画家の願いも空しく、若い世代からは、保守的な伝統主義の産物だとのレッテルを貼られてしまいます。さらに、経済危機や複雑な政治状況が追い打ちをかけ、予定されていた《スラヴ叙事詩》展示のための美術館も建設されることはありませんでした。画家の没後、第二次世界大戦が終結すると、この連作は、画家の生まれ故郷近くのモラフスキー・クルムロフ城に寄託されます。ようやく作品が現在展示されているプラハのヴェレトゥルジュニー宮殿に戻されたのは、2012年のことでした。


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 聖アトス山


ということで、絵が認められ公開されるまでにも、色々なエピソードがあったんだと思い、感慨深かったです。この巨大な絵画を一枚描くだけでも、ものすごいエネルギーと忍耐が必要だったことでしょう。それが20枚もあったので、圧巻でした。ミュシャのスラヴ民族に対する深い愛と情熱をかんじ、胸が熱くなりました。

 次の写真は私がケータイで撮ったものです。
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 この日は、他にも美術館を2館まわって帰途につきました。本当に観に行ってよかったです。また東京へ行きます。Love Tokyo♡



 
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